CHAPTER 8.“IT'S MY OWN INVENTION”

 

① invention には「発明(品)、考案、創案」「発明の才、創作力」の意のほかに「作り事、でっち上げ、捏造」の意もある。

 

②“Ahoy! Ahoy! Check!”

 

 check には「王手」と「阻止」の意があるので、白のナイトの“Check!”は赤のナイトの「王手」に対してと、アリスが捕虜になるのを「阻止」するという宣言ではないかと思った。

 形の上では白のキングに王手をかけた赤のナイトを白のナイトが取るのだが、現場ではポーンのアリスをめぐって戦うのがおかしなところ。

 

③ 白のナイトをテニエルは老人に描いたが、老人の騎士というのはドン・キホーテを連想させるもので、もともとテニエルはそのイメージを重ねて描いたのかもしれない。

 ところでテニエルの描いた白のナイトの、禿げ頭で髭の生えた老人、という描写は、いずれも文中にはない。

 キャロルが白のナイトに自分を投影させているとはよく言われることだが、実際、年寄りに描いてほしくはなかったらしい(この時、キャロルは39歳)。

 テニエルの挿絵のおかげで、白のナイトはよぼよぼの年寄りだから乗馬が下手なのだと思われているふしもあるが、乗馬が下手なのは白のナイトの専売特許ではなく、赤のナイトも他の騎兵もみんな下手なのだ(「ことさら下手」ではあるかもしれないが)。

 むしろ何度落っこちても怪我一つせず平気な顔で馬に乗り直すというのは壮健な人物にこそふさわしいし、赤のナイトとの激しい打ち合いにしても同様だ。

 そんなわけで拙訳ではことさら老人口調にはしなかった。年齢不詳である。

 はっきりさせた方がキャラ立ちはするのだが。とはいえ「~じゃ」が老人口調というのも単なるお約束で、実際に老人はそのようにしゃべるというわけではない。

 山形浩生訳はむしろかなり若い感じだ(挿絵はそれほどでもないが)。

 逆に挿絵の方が若々しいのは建石修志のイラストで、マルカム・アシュマンはなかなかハンサムな老人に、また、本にはなっていないようだが、Iassen Ghiuselev はイラストの中でキャロルの容貌に描いている。

 ソビエト・アニメの『鏡の国アリス』も、キャロルの顔に寄せているように見えるし、Angel Dominguez は赤のナイトを自身に、白のナイトをキャロルになぞらえて描いている。

 

④“It was a glorious victory, wasn't it?”said the White Knight, as he came up panting.

 

 そう言えばハンプティ・ダンプティは glory を a nice knock-down argument という意味だと言っていた。

 

⑤“I'll see you safe to the end of the wood―and then I must go back, you know. That's the end of my move.”

 

 End には「最終目的」の意味があり、楠山正雄は『アリスの夢』で、「それがわしの働きの目的だから。」としている。

 

⑥“But you've got a bee-hive―or something like one―fastened to the saddle,”said Alice.

 

 テニエルが描いていている bee-hive は藁で編んだドーム型のハチ籠、養蜂籠で、スケップ(skep)とも言う(参考サイト)。ヘアグラスを使って作ることもあるそうだ。

 

⑦“You see,”he went on after a pause,“it's as well to be provided for everything. That's the reason the horse has all those anklets round his feet.”

“But what are they for?”Alice asked in a tone of great curiosity.

“To guard against the bites of sharks,”the Knight replied.

 

 テニエルの挿絵では足輪にトゲトゲが付いていて、実に歩きにくそうだ。

 パラマウント映画では前脚にだけはめていたが、後ろは馬に嫌がられたのかな。

 BBCのドラマではトゲは外向きにだけ付けていて、ケイト・ベッキンセールの映画ではただの輪っかのようだった。

 文中にはトゲの描写はないし、サメに咬まれた時に脚を守るためのものだから(まあ、無意味なわけだが)、キャロルが考えたのもただの輪っかだったのかもしれない。

 

⑧“You see the wind is so very strong here. It's as strong as soup.”

 

 as strong as soup というのは、普通なら「スープのように濃い」ということだが、『ランダムハウス』に soup の意として「(一般に)強化された力;(特に)馬力」とある。

 また、soup up で、(車のエンジンを)改造する、(紙面を)刷新する、といった意味になるそう。

 

⑨“[…]Now, first I put my head on the top of the gate―then the head's high enough―then I stand on my head―then the feet are high enough, you see―then I'm over, you see.”

 

 stand on my head は逆立ちをすることだが、字義通りなら「頭の上に立つ」となるので、そうすれば乗り越えられるというわけ。

 ディズニーアニメでダムとディーが stand on your head と Father William を歌いながら、それぞれのやり方で字義通りに実演。チェシャ猫も Can you stand on your head? と言いながら、また別のやり方(不可能な)を披露している。

 

⑩“You ought to have a wooden horse on wheels, that you ought!”

 

 go on wheels で、「スラスラ進む、円滑に運ぶ」という意味になる。

 また wooden には「木製」以外に「でくのぼうの、不器用な、ぎこちない」という意味がある。

 

⑪“What a curious helmet you've got!”she said cheerfully.“Is that your invention too?”

 The Knight looked down proudly at his helmet, which hung from the saddle.“Yes,”he said,“but I've invented a better one than that―like a sugar loaf.

 

 白のナイトは馬頭型の兜を自分の考案だと言っているが、赤のナイトの兜も同様の形だった。あちらもそうなのか?

 また、シュガーローフ・ヘルメットというものは実在するが(参考サイト)、白のナイトの言っているのは、このような、もっと極端な円錐形のようだ。

 

⑫“How can you go on talking so quietly, head downwards?”Alice asked, as she dragged him out by the feet, and laid him in a heap on the bank.

 

 feet となっているが、テニエルの絵では片足しか持っていない。ニューエルやイングペンもそう。子供のアリスの手では両足を掴むのは難しいだろう。こっちを引っぱってはあっちを引っぱって、というようにしたのかもしれない。

 

⑬“You are sad,”the Knight said in an anxious tone:“let me sing you a song to comfort you.”

“Is it very long?”Alice asked, for she had heard a good deal of poetry that day.

 

 これまでにアリスが聞いた詩は実際には二編だけ。ただどちらもとても長い。

 そのほかには読んだものが一編と、思い浮かべたものが三編。

 

⑭ The song is called‘Ways and Means': but that's only what it's called, you know!”

 

 ways and means と、一まとめで「方法、手段」といった意味で使うようだ(「財源」といった意味で使われる場合もある。the Committee of Ways and Means は「歳入委員会」とのこと)。

 同じような語を続けて一まとめに使う感覚は、杉田七重氏の訳の「身過ぎ世過ぎ」が近い感じだろうか。

 

⑮ ナイトの歌うバラッドは、〈付録〉にも載せた「我が心とリュート」のメロディで普通に歌っていくと、最後のところで行数が合わなくなる。

 そのメロディで歌っているオーディオ・ブックでも、変則的な歌い方にしていた。

 訳詩で言えば「おだやか、重い口」のところを「おだやかな顔に/重い口」と二行にすればぴったり合うのだが、キャロルの想定がどうだったかは分からない。

 

 

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