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CHAPTER 6. HUMPTY DUMPTY
1. Humpty Dumpty was sitting, with his legs crossed like a Turk, on the top of a high wall―
トルコ式あぐらと日本式あぐらの違いは何かあるのだろうか?
2.“That last line is much too long for the poetry,”
アリスが「詩としては長すぎる」と言っているのは、アリスがここで歌ったものだけではなく、一般的なものでもそうだったりしたので、例としては“Couldn't put Humpty Dumpty together again.”などがある(〈付録〉に掲載)。
3.[…]in fact, his last remark was evidently addressed to a tree―
evidently は「明らか」か「見たところでは」か、訳が分かれているところ。
4.“My name is Alice, but――” “It's a stupid enough name!”Humpty Dumpty interrupted impatiently.“What does it mean?” “Must a name mean something?”Alice asked doubtfully. “Of course it must,”Humpty Dumpty said with a short laugh:“my name means the shape I am――and a good handsome shape it is, too. With a name like yours, you might be any shape, almost.”
アリスという名前にも由来があるので、ハンプティの言は知識の狭さ、あるいは偏り過ぎを示しているが、アリス自身も自分の名前の由来までは知らなかったようだ。 他国ではどうなのか知らないが、日本人はだいたい自分の名前の意味を答えられるのではないか。 「名は体を表す」という言葉があるが、この「体」は体つきや見た目のことではなく、性質、本質、実体の意味。 ただハンプティ・ダンプティの場合は本人の言う通り、a good handsome shape かどうかはともかく、見た目を意味しているわけで、その名にも、その名が表わす形状にも誇りを持っているようなのだが、それでいて、たまごみたいと言われて怒るのはけっこう謎な気がする。 アリス物語で本来的な意味での固有名を与えられているのは、アリスと飼い猫のダイナ、キティ、スノードロップ以外では、どんな生き物か分からないパット、トカゲのビル、白の王女のリリーぐらいで、あとはハンプティ・ダンプティも含めて微妙なところだ。
5. Alice made a short calculation, and said “Seven years and six months.”
自分の年齢についてはすでに前章で白のクイーンに七歳半と答えている。だから計算と言っても、「半」だから12÷2=6(か月)というだけ。 アリスはハンプティに「おまえは言っていない」と言われた時、「いいえ、先ほど白のクイーンにそう申し上げたんです」と(ちょっと違うが)答えれば良かった。 もしかしたらすぐ後に思いついたのかもしれないが、それも言い争いの種なので口をつぐんだか、キングと会話したことを誇りにしているハンプティを傷つけたくなかったので、自分もクイーンと会話をしたことを言うのはやめておいた、なんていうこともあるかもしれない、と思ったりする。 西條八十は『鏡国めぐり』の中で「あやちゃん」の年齢を九歳にしているが、どういった理由だったのだろう(ちなみに同作でのハンプティは「丸長飯櫃左衛門」)。
6.“Seven years and six months!”Humpty Dumpty repeated thoughtfully.“An uncomfortable sort of age. Now if you'd asked my advice, I'd have said‘Leave off at seven’—but it's too late now.”
ハンプティはアリスの歳を「落ち着きの悪い年齢」と言い、続けて『聞かれれば、「七歳でとめておけ」とアドバイスしたのに』と言っているが、七歳半は実際にはまだ七歳だ。 アリスとしてはむしろ六か月を付け加えたかった(なるべく正確に言いたかったのと、少しでも年長に見せる表現ということで)のだろうが、それが裏目に出たようだ。
7.“It is a—most—provoking—thing,”he said at last,“when a person doesn't know a cravat from a belt!” “I know it's very ignorant of me,”Alice said, in so humble a tone that Humpty Dumpty relented.
首(と言えるかどうかということもあるが)にベルトじゃ飼い犬みたいだものな、と思ったが、首輪のことはベルトとは呼ばないようなので(「ダッシュ」が着けていたのも「カラー」だ)、そういったことは関係ないようだ。 そのあとアリスの言っている ignorant だが、「無知」では謙遜しすぎではないだろうか。辞書に「(英・くだけて)礼儀知らずの、無作法な」とあるので、アリスとしてはその意味(非礼を詫びる)で言い、ハンプティは前者の意味(自己卑下)と捉えたのだろうと思う。
8. un-birthday
ほとんどの訳では「非誕生日」。 矢川澄子、中山知子が「不誕生日」。 楠山正雄、西條八十、生野幸吉、高山宏、高杉一郎が「誕生しない日」(高山宏は東京図書版では「誕生しない 北村太郎が「アンバースデイ」。楠本君恵は「アンバースデー」。柴田元幸は「アン=バースデイ」。 アーサー・ビナードが「誕じゃない 小笠原宏子は「誕生日でもなんでもない日」。 ディズニーのアニメーションでは「何でもない日、生まれなかった日、誕生日じゃない日」など。 意外と「否誕生日」は見当たらなかった。 誕生日の「誕」の字に、もともと「嘘、いつわりを言う」という意味があったりする。
9.“And only one for birthday presents, you know. There's glory for you!” “I don't know what you mean by‘glory,'”Alice said. Humpty Dumpty smiled contemptuously.“Of course you don't―till I tell you. I meant‘there's a nice knock-down argument for you!'” “But‘glory' doesn't mean‘a nice knock-down argument,'”Alice objected. “When I use a word,”Humpty Dumpty said, in rather a scornful tone,“it means just what I choose it to mean―neither more nor less.” “The question is,”said Alice,“whether you can make words mean so many different things.” “The question is,”said Humpty Dumpty,“which is to be master―that's all.”
マーク・ピーターセン氏によれば、ここでハンプティは glory を「素晴らしい、喜ぶべき、あるいは驚くべきもの」のつもりで使っていて、言っていることはわけの分からないことではなく、ちゃんとした「言語学上の原理」だ、ということだ。また、for you はこの場合、「誰が見ても文句ない」という気持ちが働いていて、indeed に近い強調の気持ちがこめられている、とのことだ。(『続 日本人の英語』pp. 137-139)
10.“They've a temper, some of them―particularly verbs: they're the proudest―adjectives you can do anything with, but not verbs―however, I can manage the whole lot of them! Impenetrability! That's what I say!”
この、動詞と形容詞についてのハンプティの意見について、翻訳家の方々は何を思ったろう? 確かに動詞と比べると形容詞は自由自在、腕の見せ所かもしれない。 impenetrability には「不可入性」という訳語があるが、その場合は物理学や哲学などで、二つの物体が同時に同一の場所を占めることはできないという性質のことを表わすようだ。 penetrate には、貫通する、浸透する、入りこむ、見抜く、見通す、といったいろいろな意味があるので、penetrable が、それらができること、impenetrable がnot penetrable で、impenetrability がそういう性質のことだから、これもいろいろな意味になる、ということをキャロルは利用しているようだ。
11.“Ah, you should see 'em come round me of a Saturday night,”Humpty Dumpty went on, wagging his head gravely from side to side,“for to get their wages, you know.”
頭だけ動かすことができそうには見えないが……。
12.“Exactly so. Well, then,‘mimsy' is‘flimsy and miserable'(there's another portmanteau for you). And a‘borogove ' is a thin shabby-looking bird with its feathers sticking out all round―something like a live mop.”
( )内のコメントを語り手のものとしているのは芹生一氏と楠本君恵氏だけで、あとは石川澄子氏と杉田七重氏の訳がどちらともとれるのを除けば、すべてがハンプティのものとしていて、英語のオーディオブックなどでもそうなっているが、そういう場合はこれまで――でつないだりはさんだりしていたのに( )に入れているのが腑に落ちない。 確かにportmanteau というのはハンプティの言い出したことだし、for you というのも先ほど(?参照)ハンプティが使った表現だし、語り手のコメントなら過去形でないとおかしいのかもしれない。 というわけで、はなはだ自信がないのだが、いちおう他の場合と同様に、( )内は語り手による付け足しのコメントとして訳してみた。
13.“The piece I’m going to repeat,” he went on without noticing her remark, “was written entirely for your amusement.”
このあと暗唱される詩は楽しみのためのもの、つまり全体がなぞなぞになっている詩で、端的に言えば“what is the fish?”ということ。 答えは第9章で白のクイーンが出すなぞなぞと同じ。
14.“In summer, when the days are long, Perhaps you’ll understand the song:
In autumn, when the leaves are brown, Take pen and ink, and write it down.”
書き留めるべき内容は詩ではなく、なぞなぞの答え。
15. I took a kettle large and new, Fit for the deed I had to do.
My heart went hop, my heart went thump; I filled the kettle at the pump.“kettle”
kettle は「やかん」なのかな、「鍋」かもしれない。たとえばこんなふうな。 生野幸吉氏は「かま」、宗方あゆむ氏は「なべ」、芦田川祐子氏は「魚鍋」と訳している。 ただ、なぞなぞの答えが想像通りなら、湯を沸かす必要はあまりなさそうなのだが……。
16. この詩のテニエルの挿絵はミスディレクションかもしれない。 ハンプティ作の詩ではないはずだし、なぞなぞ詩の挿絵なので、正しいとは限らないからだ(正しかったらなぞなぞの答えになってしまう)。 普通に読んだら思い浮かぶであろう情景、又はアリスの想像かもしれない。 「ジャバウォッキー」でも「木戸に腰かけて」でも、読んでいる者や諳んじている者が挿絵に登場している。 第9章の白のクイーンのなぞなぞは、この謎々詩の追加のヒントでもあるだろう。
17. I took a corkscrew from the shelf: I went to wake them up myself.
And when I found the door was locked, I pulled and pushed and kicked and knocked.
And when I found the door was shut, I tried to turn the handle, but—”
handle はドアの「とって」ではなく、栓抜きの「握り」ではないだろうか。 その fish には corkscrew では歯が立たなかった、ということでは?
18. kettle of fish には、困った事態、混乱した状態[事柄・問題]といった意味があり、以下のように使われたりする(語源は諸説あり。その1・その2・その3)。 “pretty [fine, nice] kettle of fish”いざこざ、困ったこと、紛糾、てんやわんや、厄介な立場、苦境。 “get into a fine kettle of fish”困った事態に陥る。 “another kettle of fish”別物。 “different kettle of fish”全く別の人[物・こと・問題・事態]。 “have got a different kettle of fish”別の厄介な問題[状況]を抱えている。 “That's a different kettle of fish”それは別の問題だよ(話がそれていることを指摘する慣用表現)。
19. ハンプティは、顔に関してはアリスも自分も同じだと考えている。 相貌失認と関連付けられることも多いようだ。
20.“of all the unsatisfactory people I ever met—”
unsatisfactory は、不十分な、満足のいかない、意に満たない、という意味で、ハンプティの高飛車でそっけない態度に対する不満であり、詩が尻切れトンボであることの不満でもあるだろう。
21. She never finished the sentence, for at this moment a heavy crash shook the forest from end to end.
ハンプティ・ダンプティの詩はもともとは答えがたまごの謎かけ歌だったのが、知られ過ぎて謎々にならなくなったので、マザー・グース絵本の挿絵などにもたまごを擬人化したキャラクターで描かれるようになった。 この作品もそのイメージを踏襲しているとともに、また、そのイメージを決定づけたものの一つでもあるだろう。 だが、本来はたまご人間やたまごキャラではなく、たまごそのものだ。それも元に戻せない、つまり「生卵」だが、5章の最後にアリスが買ったたまごは羊が「二個買ったら二個とも食べろ」みたいなことを言っていたのでゆでたまごだろう。 そうするとそのたまごが変身したこの作品のハンプティ・ダンプティは、もっとも有名なハンプティ・ダンプティでありながらむしろ例外的な存在で、大元の童謡とは違い、塀から落ちた後も最悪の事態はまぬがれたかもしれない。 あるいは自分で自分をたまごではないと言っている(名前で呼べという意味かもしれないが)ので、元はどうあれこの場ではその通りということかもしれない。アリスからはたまごの変身したものに見えても、本人に言わせればそれなりの過去があるようだし。 そうすると落下音がやけに大きかったのも、意外にもたまごのようにもろいものではなくて、頑丈で、中身もぎっしりの、重量級の存在だったということではないだろうか。 アリスが Couldn't put Humpty Dumpty together again.(元に戻せない)ではなくCouldn't put Hunpty Dumpty in his place again.(元のところに戻せない)と歌うのも、無事ではあってもやたらと重くて戻せない、ということを示しているのではないか、と思ったりする。 と言うわけで、アリスが身構えているときに落ちてこなくて良かった。 もっとも、目が覚めるだけで済んでいたかもしれないが。
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