CHAPTER 5. WOOL AND WATER

 

�� この章題は頭韻を踏んでいるので(『フシギ』の“PIG AND PEPPER”のように)、何か趣向をと思い、「毛糸と池」というのを考えたが、残念、池ではなく川だった。

 本文の方を「池」にしてしまおうかとも思ったが、さすがに問題が多いのでやめた。

 芹生一氏が「毛糸とボート」、中山知子氏は「ショールとボート」、古くは西條八十が「針と櫂」と訳している。

「羊毛と水面(みなも)」「ニットとボート」「ウールとオール」なども考えられるが、最後のになるともう「ウール・アンド・ウォーター」でいいんじゃないかとも思えてくる。

 楠本君恵氏は新たに「羊の毛皮と小川」と訳された。

 

�� So she began rather timidly:“Am I addressing the White Queen?”

 “Well, yes, if you call that a-dressing,”The Queen said.“It isn't my notion of the thing, at all.”

 Alice thought it would never do to have an argument at the very beginning of their conversation, so she smiled and said,“If your Majesty will only tell me the right way to begin, I'll do it as well as I can.”

 “But I don't want it done at all!”groaned the poor Queen. “I've been a-dressing myself for the last two hours.”

 

 おそらくダムとディーとのことがあるので、アリスは今回も会話の始め方が間違っていると言われたと思っったのだろう。

 一方クイーンはずっと着付けの話だと思っているのだが、クイーンの But 以下のセリフでアリスもやっとそうと気づいたようだ。

 

��“I'm sure I'll take you with pleasure!”the Queen said.“Twopence a week, and jam every other day.”

 

 金額を現在の日本円に置き換えるのは大雑把なものにならざるを得ないけれど、河合祥一郎氏が2ペンスを75円で訳しているのは、ちょっと安すぎるのではないかとまず思った。

 だが、このあとアリスがたまごを一個5ペンス1ファージングで買うので(なぜか二個だと2ペンスで売ってくれるのだが)、そこから妥当な金額として採用したのだろう(氏の訳では「ひとつ二百円――二つで七十五円」)。

 たぶん、ゆでたまごだと思うので、そうすると今なら一個7〜80円ぐらいか(生卵なら20円以内が一般的か。もっとずっと高いものもあるが)。なるほど今現在の日本の物価、金銭感覚でおかしさを感じられる価格になっている。

 ただ、当時の英国でのたまごの価値がどうかということと、白のクイーンが提示した給金が週2ペンスというのは確かにめちゃくちゃ安いのだが、75円だと子供のお小遣いにもならない感じで、アリスも笑うよりあきれるか怒りそうな気がしてしまう。

 拙訳では1ペニー100円ぐらいの感じだが、白のクイーンも侍女というより子供のお小遣いというつもりだったなら、週200円……まあ、それでもめちゃくちゃ安い。

 逆にたまごは一個500円以上になってしまうので(二個買っても一個100円だ)、違和感が強すぎるかもしれない。

 こちらの18世紀中ごろの物価表によれば生卵が三〜四個で1ペニーとなっているが、19世紀後半には一個1ペニーぐらいだったらしいという記載もある。

 また、こちらによると当時の1ポンドは2009〜2010年現在の日本の8万円ぐらいということだが、そうすると1ペンスは300円以上の計算になり、アリスは週に600円以上もらえるが(それでもやっぱりお小遣いだけれど)、たまご一個に1700円以上支払ったことになるので、これはちょっと違和感では済まなくなる。

 また、1ポンドが2.4万円、1ペニーが100円ぐらいの価値になるのは、第一次大戦後のインフレによるともある。

 いずれにしても円で表現するなら、話の中で、らしい金額にするしかなさそうだ。

 

�ぁ�You couldn't have it if you did want it,”the Queen said.“The rule is, jam to-morrow and jam yesterday―but never jam to-day.”

 “It must come sometimes to‘jam to-day,'”Alice objected.

 “No, it ca'n't,”said the Queen.“It's jam every other day: to-day isn't any other day, you know.”

 

 jam tomorrow はこの作品に由来する表現として、実現されそうもない「口先だけの約束」「空手形」という意味になっているそうだ。

 マーチン・ガードナーの注釈にあるように、これはもともとは、ラテン語の jam は副詞で「今」を意味しているが、jam は過去形と未来形にのみ用い、現在形には nunc を用いる、ということからのジョークで、それと「一日おき」を意味する every other day を「全ての他日」ととるジョークと組み合わせている。

 every other day という表現は other が古くは second を意味していたことによるものらしい。すべての2番目の日、二日ごと、というわけだ。

 拙訳では前者のヒントを加え(当時、ラテン語の素養のある人にはすぐに分かったのかな)、後者は漢字表記のジョークに置き換えているが、英語表記では昨日と今日に日があって、明日に日がない(yesterday today tomorrow)。

 時間における前後では前が過去、後が未来でもあるので、過去に向かって生きていると前向きになるのか、とか、何だか混乱してくる。

「人生は後ろを振り返ってしか理解できない。だが人生は前を見て生きるしかない(Life can only be understood backwards; but it must be lived forwards.)」というキルケゴールの言葉は、もちろんキャロルは知っていただろう。

 

�ァ�It's a poor sort of memory that only works backwards,”the Queen remarked.

 

 poor memory は、普通は「物覚えが悪い」という意味。

 

��“I wish I could manage to be glad!”the Queen said.“Only I never can remember the rule.<->

 

 さらっとよく分からないことを言っている。

 このチェスの世界では感情もルールにしばられているということなのか、起こることは記憶にあることなので、特に嬉しく思うことができないということなのか。

 拙訳では後者の意を出そうとはしているが。

 

��“[…]Let's consider your age to begin with――how old are you?”

 

 「年齢を考慮する」といったこととかけているのかな?

 

�� Alice laughed.“There's no use trying,”she said:“one ca'n't believe impossible things.”

 “I daresay you haven't had much practice,”said the Queen.“When I was your age, I always did it for half-an-hour a day. Why, sometimes I've believed as many as six impossible things before breakfast.[…]”

 

 このあたり、宗教問答を想起するのはうがちすぎだろうか。

 

��“[…]I'm just one hundred and one, five months and a day.”

 

 白のクイーンの誕生日は、クイーンの言っていることが本当で、この日がガイ・フォークス・デイの前日、11月4日なら、五か月一日前の6月3日。百一年前だから、十八世紀生まれということになる。

 

�� この章だけで better は13回も出てくる。

 それが“Be-e-ehh!”となって、クイーンは羊になってしまうのだが、she squeak(キーキー声、ネズミの鳴き声) → she eep(ネズミの鳴き声) → sheep というのは関係ないかな?

 ところで白のクイーンと羊は、色は別として、キャラ的に正反対(不器用⇔器用 親切⇔意地悪)なのは何か意味があるんだろうか。

 当初載せていた人物表で羊はビショップ役だったようなので、変化したのではなくて入れ替わったのかな、とも思ったが、チェスの進行表にも(becomes sheep)とある。

 12章でアリスは、スノー・ドロップが白のクイーンだったと言っているが、そうだとしたら猫の身で羊にもなったわけだ。

 

��“Things flow about so here!”she said at last in a plaintive tone, after she had spent a minute or so in vainly pursuing a large bright thing, that looked sometimes like a doll and sometimes like a work-box, and was always in the shelf next above the one she was looking at.

 

 上でも斜め上でも、どちらにしろずっとは追い回せないはずだが。

 

��“Feather!”cried the Sheep, as she took up another pair of needles.

 

 feather は、

「オールを水から抜き、そのまま水かきを水平に返し、次の「ストローク」に備えるよう「はねておけ」」(マーチン・ガードナーの注 高山宏訳)

「ボートを漕ぐときに、オールをあまり深く水につっこまずに、表面に近いところで水平に動かせ、という意味で、ボート業界のかけごえ」(山形浩生の訳注)

 

��“You'll be catching a crab directly.”

 

 catch a crab は、

「漕ぎそこねを言うボート用語のスラング。オールを水中深くにつっこみすぎて、そのために速くすべっているとボートの動きでオールの柄が漕ぎ手の胸に激しく当って、座席からふっとばしてしまう」(マーチン・ガードナーの注。高山宏訳)

「ボート業界用語。水にオールがとられて手からはずれ、握りがそのまま胸を強打すること」(山形浩生の訳注)

 

��“Oh, please! There are some scented rushes!” Alice cried in a sudden transport of delight.

 

 rush は、灯心草、灯芯草、燈心草、燈芯草(トウシンソウ・トウシングサ)。又は、藺(イ)、藺草(イグサ)、とも。畳のイグサだ。(参考サイト)

 

�� And then the little sleeves were carefully rolled up, and the little arms were plunged in elbow-deep, to get the rushes a good long way down before breaking them off ―

 

 テニエルのイラストではアリスの服にはまくり上げるようなそではついていなかったりする。

 ひじまで水に入れるだけならそのままで良さそうだ。

 ピーター・ニューエルのアリスのそでも短くて、そのまま水に入れている描写だし、ロバート・イングペンのものはさらに短かくてほとんどない。

 マルカム・アシュマンやヘレン・オクセンバリー(『フシギ』ではノースリーブ)は長いそでに描いている。

 

�亜�I only hope the boat won't tipple over!”she said to herself.

 

「ひっくり返る」は tip over で、tipple は「酒を飲み過ぎる」というような意味だが、これは言い間違いの面白さをねらったものだろうと「知恵袋」にあった。

 tip と topple が混ざったのかもしれない。

 下笠徳次氏は著書の中で「(‘tipple (over)'はOEDでは)‘to tumble or topple over'と定義し、用例3つはすべてビクトリア朝時代の作品から採られています」と書かれているが、ごく普通の用法だったのかどうか。

 

�院�Oh, what a lovely one! Only I couldn't quite reach it.”And it certainly did seem a little provoking (“almost as if it happened on purpose,”she thought) that, though she managed to pick plenty of beautiful rushes as the boat glided by, there was always a more lovely one that she couldn't reach.

 

 seem は通例話し手の推量をこめた見方、判断を表すから、ここでは to her が省略されていると見ていいだろう。

 

�� What mattered it to her just than that the rushes had begun to fade, and to lose all their scent and beauty, from the very moment that she picked them? Even real scented rushes, you know, last only a very little while — and these, being dream-rushes, melted away almost like snow, as they lay in heaps at her feet — but Alice hardly noticed this, there were so many other curious things to think about.

 

 なんだか分かりにくい。灯心草がすぐにしおれ始めたことはアリスにとってたいしたことではなかったと言い、それは本物の灯心草でもたいしてもたないのだから、夢の灯心草ならなおさらで、だからたいしたことではなかったのだ、と言うのかと思ったら、ほかに考えるべき妙なことがたくさんあったのでほとんど気がつかなかったのだと言う。だが、その妙なことというのはどういうことなのか記述がないのでよく分からない。

 今一つすっきりしないままだ。

 

�� For she thought to herself,“They mightn't be at all nice, you know.”

 

 たまごがおいしくないかもしれない、ということについては高杉一郎氏の訳注にいわれが書いてある。

 

 

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