CHAPTER 1. LOOKKING-GLASS HOUSE

 

�� 導入部は『フシギ』同様、話の始まりの時点以前を振り返る形で書かれている。

 ただ、しばらくすると、アリスはあとでこう語った、という描写が出てくるから、今現在のことのように訳すのは本当はおかしいかもしれない。

 

�� 黒猫と白猫だし、チェスは黒白が普通なのになぜ赤と白の駒なのだろう。

 実際に身近にあっただけかもしれないが、色味が欲しかったと言うか、『フシギ』の色イメージ、トランプのマークとウサギの「赤、黒、白」に合わせたかったのではないだろうか(両作品の色イメージをうまくトリックに使ったミステリに、綾辻行人氏の『黒猫館の殺人』がある。もっとも作中でのキャロルの扱いはヒドイが)。

 それに黒のクイーンだとなんだか魔女みたいだ。

 Alice in Wonderlando ― a Dance Fantasy など、まさにそんな感じ。

 

�� この話が夢の話であることは、前作を知っているものには想像がつく、というか、そうだろうという前提で読み始めるだろうから、ただのおかしな世界ではなく、「鏡の中」という、ある種のルールを感じさせ、想像させる世界にしたのはうまいところだろう。

 そんなわけで、夢であることはいったん置いておいて言うのだが、鏡に映っていたアリスは普段、つまりアリスが鏡の前にいない時にはどうしていたのだろう。鏡の中の世界では特に存在が認識されてはいないようだったが。

 それとこちらのアリスが鏡の中に入っていったあとはどうなったのだろう。こちらに出てきてはいないようだが。

 と言うのも、アリスが“Oh, what fun it'll be, when they see me through the glass in here, and can't get at me!”と言っているからだ。

 鏡の中から(鏡の向こうの部屋から)元の部屋を見た時、そこに自分の姿があったら、それはそれで怖い気がするが、元の部屋に他の人物が現れるとどうなるのだろう。

 元の部屋から見た場合、その姿が鏡に映る、ということは、鏡の中の部屋にもその人物が現れるはずで、その人物にアリスは捕まえられれるのだろうか(1933年の映画では、鏡の部屋の鏡にも普通にアリスが映っていた)。

 

�� (you know you can only see the back of it in the Looking-glass)

 

「鏡の中からは時計の裏側しか見えない」としている訳がけっこう多いが、「(元の部屋から見た場合は)鏡の中には時計の裏側しか見えない(映っていない)」ということだろう。

 

�� Here something began squeaking on the table behind Alice, and made her turn her head just in time to see one of the White Pawns roll over and begin kicking:

 

 ここは、アリスが暖炉を正面から覗いていたなら後ろのテーブルというのは元の部屋からも見えていたはずで、そう思ってか、1933年の映画ではアリスは暖炉を横手から覗いていて、テーブルは暖炉側の壁際、つまり元の部屋からは見えない位置になっていた。

 

�� Alice watched the White King as he slowly struggled up from bar to bar, till at last she said“Why, you'll be hours and hours getting to the table, at that rate. I'd far better help you, hadn't I?”

 

 ここは「じれったくて」、「しびれを切らして」などの訳も多いが、アリスの親切心の現れと見たい。

 

�� She said afterwards that she had never seen in all her life such a face as the King made, when he found himself held in the air by an invisible hand, and being dusted:

 

 アリスが誰に言ったのか、だが、9章後半に、お姉さんに話した、という一文が出てくるので、ここも同じに思っていいのではないかと思う(ほかの人にでも、ひとりごとでもいいのだが)。

 語り手が直接聞いた、つまり語り手の人物が作品世界中にも存在していて主人公と知り合いであるかのように読めなくもないが、キャロルはそこまでは想定していなくて、いわゆる神の視点で語っているのだろうと思う。

 

�� White Knight はここでのテニエルの挿絵では半人半馬の風情だが(ケンタウロスとは逆)、8章では馬頭形の兜をかぶった騎士として登場する。

(テニエルの挿絵はこちらのサイトなどで見ることができます)

 

��‘That's not a memorandum of your feelings!'

 

〈「あなたの気持ちを書いていない」という Queen の言葉は, これもまた, 子供の反省が足りないときなどに, ちゃんとした反省になっていないと, さらに反省を促すときの常套句である.〉と『アリスの英語2』(p.81)にある。全体に白のキングは白のクイーンに子供のように扱われている、といったような指摘もあった。

 

�� ジャバウオッキーは本来は全体が鏡写しの左右反転で鏡文字だが、インターネット上の英文のテキストでは再現するのが難しいので、以下のように文字順だけ逆にしているものが多い。

 

YKCOWREBBAJ

 

sevot yhtils eht dna,gillirb sawT'

:ebaw eht ni elbmig dna eryg diD

,sevogorob eht erew ysmim llA

.ebargtuo shtar emom eht dnA

 

 この方がむしろ不思議でもある。

 オーディオ・ブックではどうしているのかと思ったら、普通は省略されるようで、まあ、そうだろうな、と思ったが、逆回転で録音してあるものもあって、なかなかシュールだったりした。

 日本語訳では縦書きだと文の並びが逆になってしまうので、うまく表現しにくい。

 ところで、すぐに鏡文字(と言うか全体が左右逆)と気づかなかったアリスはかなりうっかりしている。鏡の部屋の本は言葉が逆向きになっているのは知っている、と鏡を通り抜ける前にキティに向かって言っていたばかりなのだから。

 それともキャロルがうっかりしていたのか、あるいは『フシギ』同様、アリスに多少の混乱があるのだろうか。『鏡』では『フシギ』のようにアリスが詩を間違えるということは起こらないのだが(代わりに詩の通りの物事が起こったりする)。

 また、ここで面白いのは、鏡に映ったものをもう一度鏡に映せば元に戻るということよりも、実体と影の逆転が起きていることだ。

 アリスは元の部屋で本を鏡にかざしたことがあって、そのため鏡の部屋の本は言葉が逆向きだと知っていたのだが、その時の「言葉が逆向きの本」というのは鏡に映った影に過ぎず、実体は元の部屋の本だ。

 それをアリスは本来影であるはずの鏡の中の本を鏡にかざすことで、実体の本を鏡の前に動かしている。その実体の本はどうやって鏡の前にやってきたのだろう。

 ��で書いたように映画では普通に鏡にアリスが映っていて、元の部屋で本をかざしてくるのだが、原典ではそのあたりはあいまいだ。

 元の部屋にアリスの影がいたのか(それはそれでアリスはびっくりしそう)、それともポルターガイストのように本が自分だけで鏡の前にやってきたのだろうか。

 また、アリスの影がいるなら、鏡の中に見えているのは元の部屋ではなくて、また別の鏡の部屋なのかもしれない。

 いずれにしても、少なくともこの瞬間、その部屋には正しい向きで書かれた「ジャバウォッキー」の載っている本があることになる。

 

 

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