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付録
� 屮�ラキラ星」「クモとハエ」「夕べの星」「ハートの女王」は、そのパロディ詩も含めてメロディに乗るような訳にしたのだが(「やさしきことば」ははじめに訳した時には曲があるのを知らなかった)、ここに載せたメロディは現在知られているものなので、当時知られていたメロディは違うものだったり、そもそも歌われていたわけではないかもしれない。 現在歌われている「キラキラ星」のメロディは、フランス民謡のメロディを借りてきたもので、それ以前に歌われていたメロディもある、と日本ルイス・キャロル協会の高屋一成氏に教えていただいた。 そちらは「お星様きれい」として載せている。『ル・メールのマザーグース・メロディ』などに載っているものだ。 また「クモとハエ」は実際に歌われているのは一番の部分だけで、反対に詩としてはさらに続きがあり、内容としては、一旦立ち去ったハエが戻ってきてクモに捕まってしまい、そこで教訓が述べられる、というものになっているのだが、詩の形が変わってしまっているので、その部分は訳さず、なりゆきを匂わすような終わり方にしている。中途半端なものになってしまっているとも言える。 角川文庫の河合祥一郎氏の訳では、ここに載せたものとは別のメロディーが紹介されていた。 「ハートの女王」も実際に歌われるのはハートのところだけのようだし、しかも詩がメロディにおさめられなかったので、倍の長さになってしまった。 これも河合氏の訳では別のメロディーが紹介されている。 こちらに載せたメロディーは所有しているマザー・グースのCDにあるものだが、他では見かけないので、どれぐらい一般的なものなのかはちょっと分からない。 さらに宮垣弘氏の研究によると、キャロルが参照したのは歌になっている「ハートの女王」ではなくて、物語詩の方であるようなので、そちらも「ハートの女王と盗まれたパイ」として載せた。 氏が『Alice in Tokyo』で紹介している、Grandamamma Easy's New Story of the Qeen of Hearts を訳したもので、中山克郎氏が『もうひとつのマザー・グース』の中で訳されたものとほとんど同じだが、『Alice in Tokyo』にはそのあたりについても解説がある。 「ハートの女王」の方はマーチン・ガードナーによれば1782年に発表されたものらしく、「盗まれたパイ」の方は初出はよく分からないが、上記のものは1840年頃のものということだ。 この「盗まれたパイ」の、王様がジャックの発言の矛盾を突き、容疑者を全員集めておいて罠にかけるという展開は、なかなかミステリっぽくて面白い。 ちなみに推理小説の始祖とされるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』が発表されたのは1841年だ。 そして、これは何の根拠もないのだが、このお話自体はもっとずっと前からあって、それを誰かが詩の形にし、その詩の短い形のものに曲が付き、それに誰かがスペード、クラブ、ダイヤの詩を付け加え、今はハートのパートだけが残っている、ということじゃないかと思った。 スペード、クラブ、ダイヤのパートはハートのパートと雰囲気が違っていて、後付けのように思えるからだ。
�◆峭�福なる老境」とした The Old Man's Comforts and How He Gained Them だが、father William は神父なのだろうか。 Father ならそうだろうが、ものによって Father だったり father だったりするのでよく分からない。 ただ、タイトルに普通に Old Man とあるので、特に神父ということでもないのかなと思った。
�� また、資料的価値も多少はあった方が良いかと思ったので、今回それぞれの原詩も付け加えた。
�ぁ,箸海蹐妊泪供次Ε亜璽垢世�、『モーゼスおばあさんの絵の世界―田園生活100年の自伝』(アンナ・M・R・モーゼス著 加藤恭子訳)に、「わたしは子供達に、昔よく歌ったような、いわゆるわらべ歌のようなものを教えてやったことはありませんでした。子供達はあのたぐいの歌には関心を示しませんでした。もっとモダンな好みでしたから。『ボール遊びをしいこう』とか『マザーグース』などの歌を好んだのでした」とある。 アンナ・モーゼスは1860〜1961年のアメリカの女性で、記述はちょうど1900年頃のことのようだが、マザー・グースが「モダンな」ものという感覚は、当時のアメリカでの一般的なものだったんだろうか。
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