CHAPTER 9. THE MOCK TURTLE'S STORY

 

1. この章のタイトルは、Mock Turtle の story とも、turtle's story の mock とも読めるのかな。

 確かにあやしい話ばかりではある。

 そうすると「偽海亀物語」とか「海亀風物語」とかの方が雰囲気かもしれない。

 ところで「ウミガメフー」という訳は、直接的には柳瀬尚紀氏の「海亀フー」からとったものではなくて、何かの雑誌(「Signature/シグネチャー」じゃないかと思う。私が会員だったわけではなく、手元にないが)の観光記事か何かで、Mock Turtle Soup のことを、「海亀風スープとでも言うもの」といったふうに書いてあったところからとったのだが、古い記事で、その記事を書いた人が柳瀬氏の訳を読んでいたかどうかは確認できていない。

 

2. …and camomile that makes them bitter―…

 

 アリスはカモミール(カミツレ)が嫌いのようだ。風邪をひいた時にでも飲まされたんだろうか。

 でも、苦いのはローマン・カモミールで、普通カモミール・ティーとして飲むジャーマン・カモミールは甘いそうだ。

 また、カモミールはギリシャ語では「大地のりんご」と呼ばれている(フランス、ドイツでは「大地のりんご」はジャガイモのこと)。

 

3.“You're thinking about something, my dear, and that makes you forget to talk. I ca'n't tell you just now what the moral of that is, but I shall remember it in a bit.”

 “Perhaps it hasn't one,”Alice ventured to remark.

 “Tut, tut, child!”said the Duchess.“Every thing's got a moral, if only you can find it.”And she squeezed herself up closer to Alice's side as she spoke.

 

「考え事をして会話ががおろそかになる」ことについてのことわざは、アリスが言うように、なさそうだが、反対の意味のことわざならある。

 Empty vessels make the most sound.(空の入れ物がいちばん大きな音をたてる/空樽は音が高い)というもので、中身の入っていない容器ほど叩けば大きな音がすることから、頭が空っぼの人間ほどよくしゃべることをたとえて言う。

 

 moral に関してキングスレイは『水の子』第5章で、この本はお伽噺なのだからどこにも教訓はない、と言ったかと思えば、最後に「教訓」と章立てて、この本には37か39の教訓がある、と言った上で、中でも覚えておくべきはイモリをいじめてはいけないということだ、と書いたりしている。(参照・『Alice in Tokyo』「不思議の国より不思議な国のアリス公爵夫人の教訓」

 

4. …she was exactly the right height to rest her chin on Alice's shoulder,…

 

 普通は肩の高さの方がちょうどいいという言い方をすると思うが、アリス視点なのでそうなったというだけの、英語的にはごく自然な表現なのか、表現のおかしさを狙ったものなのか、どっちだろう。

 日本語だと後者の感じになるので、前者なら「肩にあごをもたせてくるし(ちょうどいい高さだったんです)」などとした方がいいかもしれない。

 

5.“Tut, tut, child!”said the Duchess.“Everything's got a moral, if only you can find it.”

 

 公爵夫人はアリスのおかげで牢から出ることができたと思っているのか(その場合、どうしてそのなりゆきを知ったのかという疑問があるが)、単に牢から出られて嬉しいのか、アリスの言うことには何でも同意するが、「教訓がない」ということだけは首肯しない。これだけは譲れないことのようだ。それでも直接否定する言葉は使っていない。

 

6.“The game's going on rather better now,”she said, by way of keeping up the conversation a little.

 “'Tis so,”said the Duchess:“and the moral of that is―‘Oh, 'tis love, 'tis love, that makes the world go round!’”

 

『水の子』第2章に the old tune として、

 

C’est l’amour, l’amour, l’amour

Qui fait la monde a la ronde:

 

愛というもの 愛というもの

これぞ 世を動かすちから(阿部知二訳)

 

そは(あい)なり 愛なり 愛なり

これぞ 世の中を めぐらせるもの(芹生一訳)

 

という詩が載っている。

 

7.“and the moral of that is―‘Take care of the sence, and the sounds will take care of themselves.'”

 

 公爵夫人はいくつも教訓を言うが、もじったものも含めて、教訓そのものはおかしなことは言っていない(一つだけ、長ったらしいのは判断が難しいが)。ただ、状況にはまったくそぐわないものを口にしている。

 この教訓は、Take care of the pence, and the pounds will take care of themselves.(小銭を大切にすれば大金はおのずとたまる/小事をおろそかにしなければ大事は自然と成る)ということわざをもじったもので、「意味に気をつければ音は自然と決まる」といった意味になっている。

 拙訳は、河合祥一郎氏の訳の『意味に心を。心があれば、「音」も自然と「意」になる』のアイデアを借りた。

 教訓っぽくなくても良ければ、「意に心 砕けば浮かぶ 意中の音」とか、意に心 尽くす日に立つ 意中の音」とか。

 もともと漢字の成り立ち自体が、「音」+「心」で「意」なのだそうだ。

 以前は『意味が西向きゃ(おん)は東』としていたが、ことわざをもじっているものの、意味が通っていなかったので変えた。

 本来は元のことわざと似たことわざの「塵も積もれば山となる」をもじったものの方が素直かもしれない。

 

8.“there's a large mustard-mine near here. And the moral of that is―‘The more there is of mine, the less there is of yours.'”

 

「コウの損は乙の得」は、田中俊夫氏が「甲の得は乙の損」としていた。

 損得の順序を逆にしたのは、そちらの方が一般的らしいからだが、田中氏は原文の more――less の順に合わせているのだろう。

 

9.“and the moral of that is―‘Be what you would seem to be'…

 

 この「教訓」は公爵夫人の(つまりキャロルの)オリジナルなんだろうか。

 そうだろうと思っていたのだが、「英辞郎」に、「•Be what you would seem to be. 見掛けと同じ人間になりなさい。/裏表のない人間でいなさい。◆ことわざ」とあった。

 もともとあったのか、この作品から生まれたのか、どっちだろう。(参照

 

10.“Pray don't trouble yourself to say it any longer than that,”said Alice.

 “Oh, don't talk about trouble!”said the Duchess.“I make you a present of everything I've said as yet.”

 “A cheap sort of present!”thought Alice.“I'm glad people don't give birthday-presents like that!”But she did not venture to say it out loud.

 

 侯爵夫人の Oh, don't talk about trouble! というセリフは、自分の引き起こした、女王様との間のトラブルのこととかけているんじゃないだろうか。

 また、アリスはバースデイ・プレゼントのことを持ち出してきているが、7章のところでも書いたように、ここでも今日が自分の誕生日であることには触れていない。

 

11.“I've a right to think,”said Alice sharply, for she was beginning to feel a little worried.

 “Just about as much right,”said the Duchess,“as pigs have to fly; and the m―”

 

 日本語でも容易に想像がつくが、豚が空を飛ぶ、というのはありえないことを表すのに用いられる言葉だそうだ。

 権利はないと言われているようにも、権利はあっても行使する能力はあるのかと言われているようにもとれる。

(参照・ウィキペディア(1)(2)『新「アリス」訳解』脚注

 

12.“Now, I give you fair warning,”shouted the Queen, stamping on the ground as she spoke;“either you or your head must be off, and that in about half no time! Take your choice!”

 

 fair warning と言いながらまるで猶予はない。「今すぐ立ち去らなければ首をはねる」と言っているのだ。警告と言うより最後通告だが、女王様にとっては、いきなり「首をはねよ」と言わないだけでも寛大な措置なのだろう。

 

13. Then the Queen left off, quite out of breath, and said to Alice“Have you seen the Mock Turtle yet?”

 “No,”said Alice.“I don't even know what a Mock Turtle is.”

 “It's the thing Mock Turtle Soup is made from,”said the Queen.

 “I never saw one, or heard of one,”said Alice.

 “Come on, then,”said the Queen,“and he shall tell you his history,”

 

『地下』では女王様が Marchioness of Mock Turtles(ウミガメフー侯爵夫人)なのでアリスに Mock Turtle を引き合わせ、話を聞かせようとするという流れだが、『フシギ』では特にそういったことにはなっていないので、そうする理由はよく分からない。

 もともと Marchioness of Mock Turtles というのがどういうことを意味しているのかもよく分からないが。

 

14. (If you don't know what a Gryphon is, look at the picture.)

 

『地下』でキャロル自身の描いたグリフォンは、なぜか翼がないのが特徴。

 

15.“Once,”said the Mock Turtle at last, with a deep sigh,“I was a real Turtle.”

 These words were followed by a very long silence, broken only by an occasional exclamation of“Hjckrrh!”from the Gryphon, and the constant heavy sobbing of the Mock Turtle.

 

 ここから real Turtle の頃の話、ということは、章題の意味が「Mock Turtle の story」から「mock である turtle's story」になる。

 

 Hjckrrh! は、わざとどう読むか分からないような綴りの語にしているようで、オーディオ・ブックでも読まれ方はさまざまだ。

 さまざまな訳ではどうしているかと言うと、

 

御尤(ごもっと)も!』丸山英観

「ジツクルー」望月幸三

「ジュックルルルルルル」吉田健一

『ハックショ!』益本青小鳥

「ヒィックルー!」仲薫

「ヒィックルル!」佐野真奈美

「ヒェックルル!」田中亜希子

「ヒジュクルル!」山形浩生

「ひっきゅるるう」久美里美

「ヒック、ヒック」楠悦郎

「ヒックル!」安井泉

「ヒックルゥ!」安井泉

『ヒックルー』大戸喜一郎

「ヒックルー。」楠山正雄

「ヒツクルー」菊池寛・芥川龍之介

「ヒックルル!」高杉一郎、田中俊夫、生野幸吉、蕗沢忠枝

「ひっくるるう」芹生一

「ヒックルルー!」楠本君恵、高山宏(新訳版)

「ひゃーっくるるる」島本薫

「ヒャクルゥ!」琴葉かいら

「ヒャックゥ!」星隆弘

「ヒャックリ!」脇朋子、芦田川祐子

「ひゃっくりりり!」柳瀬尚紀

「ヒャックル!」小笠原宏子

「ヒャックルー!」杉田七重

「ひやっくるう!」福島正美

「ひゃっくるる」石川澄子、酒寄進一

「ひゃっくるる!」多田幸蔵 原昌

「ひゃっくルル」矢川澄子

「百苦縷々(るる)……」高山宏

「ひゃッくるるぅ」大西小生

「ヒャックルルゥ!」石井睦美

「ヒャックルルー」うえさきひろこ

「ヒャックルルー!」中山知子、宗方あゆむ

「ひゃっくるるっ!」岩崎民平

「ヒャックルルリ!」藤井恵子(監訳)

〈ひゃっくるるるる〉北村太郎

「ヒャックルン!」立原えりか

「ヒュイックルル!」井上久美

「ヒュイックルルー!」高橋康也・迪、村山由佳

「ヒュックル!」中村妙子

「ひゅっくるー!」木下信一

「ほゃくるるぅ!」河合祥一郎

 

などなど。

 

16.“…The master was an old Turtle―we used to call him Tortoise―”

 “Why did you call him Tortoise, if he wasn't one?”Alice asked.

 “We called him Tortoise because he taught us,”said the Mock Turtle angrily.

 

 以前の訳では、やさしい牡蠣だったけれど、タンニンだったのでシブガキと呼んでいた、という、亀でもなければ、牡蠣ですらないだろうという訳だったが、今回も、陸亀(トータス)と言ってしまっているので、わしらを教えた(トータス)からだ、とやった方がそれこそスマートで、スマートの正反対なのはこの訳自体かもしれない。

 

 つらつらと、

 タートルを並べ替えるとトータル。

 トータスを逆から読むとスタート。

 カメに増すタでタガメ。

 ター取る、増すター、で元通り。

 先生に成りたてのウミガメで「ワカメ」。若かったから(って、どこかで読んだと思うが)。

 

 内井惣七著『パズルとパラドックス』には、

 10歳年長なので十足す(とうたす)、

 洋菓子好きだけれど和菓子――我が師だから、

といった試訳が載っている。

 

17. At last the Gryphon said to the Mock Turtle“Drive on, old fellow! Don't be all day about it!”, and he went on in these words:―

 

 帽子屋の言っていたことが本当なら時間はいつまでたっても6時だが、日が過ぎることはあるわけだ。

 いきなりポンッと日にちが変わるんだろうか。でも、どうやって分かるんだろう。

 

18.“Well, there was Mystery,”the Mock Turtle replied, counting off the subjects on his flappers,…

 

 count off on one's fingers なら「指を折って数える」だが、ひれ足でどうやって数を数えたんだろう。

 

19.“I'm too stif. And the Gryphon never leant it,”

 “Hadn't time,”said the Gryphon:“I went to the Classical master, though. He was an old crab, he was.”

 “I never went to him,”the Mock Turtle said whith a sigh.

 

 Gryphon は言い訳をしているが、Drawling は正課なのに習っていないということは、サボっていたんだろうか。

 すると Classical は Mock Turtle の方がサボっていた?

 ところで Classical の先生が crab なのには理由があるそうだ(参照・『新「アリス」訳解』脚注)。

 

 

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